冬物のコートをクリーニング店のカウンターに預けると、店員さんはタグに何かを書き込みながら、生地を触ったり、襟元を光にかざしたりします。あの数十秒のあいだに、実はもう作業は始まっています。預けた服が、洗浄・仕上げ・検品という工程を経て、また自分の手元に戻ってくるまでには、思っている以上に細かい判断と手間が積み重なっています。
受付でタグに書き込まれる情報が、その後すべてを決める
受付でおこなわれるチェックが、その後の洗浄方法をほぼ決めてしまいます。ここでの見落としが、仕上がりの差につながります。
店員さんは服を受け取ると、まず洗濯表示のタグを確認します。次に生地の素材、色落ちしやすいかどうか、ボタンや装飾の有無を見ます。そのうえで、シミや汚れがある部分に印をつけます。これは、洗浄後にシミ抜き担当が「どこに何のシミがあったか」を見失わないための目印です。同時に、預かり伝票には店舗名や受付番号だけでなく、素材や特記事項がコードで記録されます。この段階の情報が、工場での仕分けや洗浄機の設定にそのまま使われます。
たとえば、ウール100%のジャケットに、袖口だけ食べ物の油汚れがついているとします。受付の担当者はタグの内側を確認し、「ドライクリーニング可、家庭洗濯不可」の表示を見つけます。さらに袖口に赤いシールで印をつけ、伝票に「油汚れ・袖口」と記入します。この一枚のシールと一行のメモが、工場に届いたときに担当者へそのまま伝わります。
ただし、タグが取れている服や、表示が読み取れないほど古い服もあります。その場合は、店員さんの経験による判断に頼ることになります。素材の見た目だけでは判断がつきにくいケースもあるため、「洗浄方法はお任せください」という同意を取ったうえで作業に入る店もあります。ここは店によって対応の丁寧さに差が出やすいところです。
汚れの正体によって、洗浄の入り口が変わる
同じ「シミ」でも、水性か油性かで落とし方がまったく違います。ここを間違えると、シミが落ちないどころか広がることもあります。
汚れは大きく分けて水溶性と油溶性の二種類があります。汗や飲み物、泥は水溶性。食用油やファンデーション、皮脂は油溶性です。ドライクリーニングで使う溶剤は油溶性の汚れを落とすのが得意ですが、水溶性の汚れは苦手です。逆に水洗いは水溶性の汚れに強く、油溶性の汚れには弱い。だからこそ、しみ抜きの職人は、汚れの性質を見極めてから薬剤を選びます。ここは経験がものを言う部分で、機械まかせにはできません。
具体的な場面を挙げると、白いシャツの襟に黄ばみがついているケースがあります。これは皮脂と汗が混ざった汚れで、水溶性と油溶性の両方の性質を持っています。職人はまず専用の油溶性溶剤で皮脂を分解し、そのあとに酸素系の漂白剤で汗のタンパク汚れを分解します。この二段階の処理をせずに、いきなり漂白剤だけをかけると、皮脂の膜が邪魔をして薬剤が浸透しません。順番を守ることが、仕上がりを大きく左右します。
ここで迷いやすいのが、シミの原因がはっきりしない場合です。「わからないけれど何かこぼした」という服は珍しくありません。この場合、職人はまず目立たない部分でテストをしてから本番の処理に入ります。それでも完全に落ちないシミもあります。時間が経ちすぎたシミや、繊維の奥まで染み込んだ色素は、クリーニングでも完全には戻せないことがあります。これは技術の問題というより、化学変化がすでに起きてしまっているためです。
洗浄・乾燥・プレスという、目に見えない三段階
受付を終えた服は、工場に運ばれてから洗浄・乾燥・プレスという三つの工程を経ます。この順番と温度管理が、型崩れを防ぐ鍵になります。
ドライクリーニングの場合、専用の機械に服を入れ、溶剤で油汚れを溶かし出します。水を使わないため、水洗いで縮みやすいウールやシルクでも形を保ちやすいのが特徴です。洗浄が終わると、溶剤を完全に飛ばすための乾燥工程に入ります。ここで温度が高すぎると生地が縮んだり、光沢が変わったりすることがあります。そのため素材ごとに温度と時間が細かく設定されています。乾燥が終わった服は、最後にプレス機やアイロンで形を整えます。ここまでの三段階は、どれか一つを飛ばすことができません。
たとえば、プリーツスカートを預けたとします。洗浄と乾燥までは他の服と同じ工程ですが、プレスの段階だけは手作業になることが多いです。プリーツの一本一本を職人が指で整えながらアイロンをかけます。機械のプレス機ではプリーツの形が崩れてしまうため、この工程だけ人の手が必要になります。同じ「プレス」でも、服の形によって作業時間がまったく違うのはこのためです。
例外として、コーティング加工がされたダウンジャケットや、特殊な装飾がついたドレスは、通常の工程に乗せられないことがあります。この場合、専門の職人がいる別の工場に送られることもあり、戻ってくるまでの日数が通常より長くなります。受付の時点で「特殊な素材なので日数がかかります」と説明されたら、それは工程が分岐しているサインだと考えてよいでしょう。
検品という最後の関門
仕上がった服がそのまま店に戻るわけではありません。検品という工程を通ってはじめて、店頭に並びます。ここでの見落としが、後からのクレームにつながります。
検品担当者は、シミが本当に落ちているか、生地に傷みがないか、ボタンが取れていないかを一枚ずつ確認します。特にシミ抜きをした箇所は、乾いた状態で改めて光にかざしてチェックします。溶剤で処理した直後は目立たなくても、乾燥後に薄く跡が残ることがあるためです。ここで基準に達していないと判断されれば、もう一度シミ抜きに戻されます。つまり、一着の服が工程を行ったり来たりすることも珍しくありません。
具体例を挙げると、コーヒーをこぼしたシャツが再処理に回されるケースがあります。一度目のシミ抜きでは色が薄くなっただけで、完全には消えていませんでした。検品担当者がこれを見つけ、伝票に「再処理」の印をつけて、もう一度しみ抜き担当のもとへ送ります。二度目の処理でようやく合格ラインに達し、プレス工程へ進みます。この一往復があるため、シミの程度によっては受け取り日数が延びることがあります。
ただし、検品はあくまで見た目の基準です。生地の内部にまで入り込んだ色素や、繊維が変質してしまった部分は、検品で発見しても対処のしようがない場合があります。この場合は「これ以上は難しい」という説明とともに、そのまま返却されることになります。完璧な仕上がりを保証するものではない、という前提は知っておいたほうがよい点です。
受け取りまでの日数が変わるのはなぜか
「明日仕上がります」と言われる店もあれば、「一週間かかります」と言われる店もあります。この差は、店の実力ではなく、扱う工程の数と混雑状況で決まることがほとんどです。
日数を左右する要素はいくつかあります。まず、店内で洗浄まで完結する店(自家工場型)か、外部の工場に送る店(取次型)かで、最初の輸送日数が変わります。次に、季節による混雑があります。衣替えの時期はコートや布団の持ち込みが集中し、一着あたりの処理に回せる時間が短くなります。さらに、シミの種類や生地の特殊さによって、再処理や手作業が発生すれば、その分だけ日数が延びます。
たとえば、6月の梅雨明け直後にダウンジャケットを何着もまとめて預ける人が増える時期があります。この時期は工場の処理能力に対して持ち込み量が多くなりがちです。普段なら中一日で仕上がる店でも、この時期だけは三日から四日かかると案内されることがあります。これは店が手を抜いているのではなく、単純に工程を通す順番待ちが発生しているためです。
逆に、閑散期であれば同じ服でも早く仕上がります。ここは迷うところですが、「早い店ほど良い店」とは一概には言えません。処理を急ぐあまり検品を簡略化している可能性もゼロではないからです。日数の長さだけでなく、シミ抜きの説明が丁寧かどうか、預ける際に素材の状態をきちんと確認してくれるかどうかも、合わせて見ておきたいポイントです。

